2016年7月18日月曜日

吃音があっても成功している人が、そうではない吃音者を助けようとしない理由は?

吃音業界の永遠のテーマ
吃音は障害か?
吃音は障害ではないか?

過去から未来永劫継続する問題です。常にループしていると言っても過言ではありません。


さて、なぜ?
吃音があるけれど学校や社会で居場所がある人は、そうではない困っている当事者のために行動しないでしょうか?

吃音があっても成功している吃音者は口をそろえてこう言い放ちます。
「私はこうやったからあなたもこうやればいいよ」
「私は吃音があるけど幸せだし、何も問題ないよ」

とても安易な発言です。
吃音があるかどうか以前に、人間社会では生まれた家の環境、お父さんお母さんの稼いでいるお金、学校でイジメを受けたか受けないか?不登校になってしまい進学する機会を失った人、就職活動で失敗してしまった人も存在します。吃音は関係なく、様々な障害当事者、社会的障壁のある人に共通することです。お金がなければ大学にいけない人もいますね。貧困の問題です。



吃音がある成功者はなぜ思考停止してしまうのでしょうか?

本当に志のある吃音問題を真剣に考えている吃音のある成功者ならこうするはずです。
「私の働いている職場の人事部を説き伏せたよ。君も私と同じ職場で働こうよ。ちゃんと口利きしてあるから安心して」
「私が仕事の仕方を教えてあげるよ」
「一緒に頑張ろう」
「私の会社はダメだけど、他のところを紹介するから。安心して」

例えばこういう発言をするはずなのです。
私は吃音があっても生活に問題ないし、幸せだし。それでいいやと思考停止するのではなく。
まず、実際に行動に移るはずです。
自分の職場が無理なら、他の場所を紹介するなどを助けてくれるはずです。
成功している居場所のある吃音者はその立場を利用して自分の歩んできた道を困っている吃音者や若い世代のためにもっと道を歩きやすく整備する責任があります。道を開拓して整備して歩きやすくすべきなのです。


思考停止をしてしまうと、間接的なアドバイスや生き方論、私はこうやった!という自慢話になってしまいます。本当に直接、困っている吃音者を助けようとしません。絶対にしません。これは成功している吃音者にとても多いです。

もちろん、成功している吃音者が思考停止して間接的なアドバイスにだけ徹するのは理由があります。

成功している吃音者は『本当は職場や社会で「自分は吃音があります。」とはカミングアウトしていないのです』

困っている吃音者を自分の職場に入社させようなんてしたら、自分が吃音であることをカミングアウトしなければいけないため、それは昇進や昇給、出世コースなどに悪影響を与えるのではないか?と思い込んでいるのです。

もちろんそれは大切なことです。成功している吃音者もその環境をどうしても維持したいはずです。
となると、将来ライバルになるかもしれない人間と働くなんて嫌かもしれません。

ではどうすればいいのでしょうか?
答えは人間の文明社会、社会保障制度ですね。
学ぶ側でも働くときでも合理的配慮や障害者手帳、障害者雇用などを自由に選ぶことができるように社会全体を変えていけばいいのです。

しかし、またまたここで成功している居場所のある吃音者は躊躇します。
『吃音が障害だなんて周知徹底されたら、私の今いる居心地のよい環境が崩壊するかもしれない。そうだ吃音は障害じゃないんだ。神様からもらったギフトだ。吃音は選ばれた者だ』

これが吃音業界永遠のテーマです。
いつになれば解決するのでしょうか???
あと何人困っている吃音者がひきこもり生活をすればいいでしょうか?
自殺すればよいでしょうか? 
不思議なことです。

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